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ソフトウェア開発者として働く人の技術的なメモ

ITベンチャーでのアルバイトを振り返る

サーバ保守管理のアルバイトを初めて、丸4年が経ちました。一応の最終出勤を終えた今、この会社で自分が経験したことをまとめておきたいと思います。

いつものように、まずは時系列から。最後に総括をしてみたいと思います。

時系列

始めた経緯

このアルバイトを始めたのは、「今までやったことのない、面白いアルバイトがしたい」からでした。高校で飲食を1年経験し、大学で塾講師や家庭教師も数年行いました。趣味のカメラを深めようと、半年間カメラ販売のアルバイトもしました(いくつかは時期が重複しています)。新しいことを始めたり、大学以外でも知識を吸収できる環境に身を置きたかったんですね。そこで次に思いついたのが、自分の専門でもあるコンピュータを使ったアルバイトはないか、という思いでした。

といっても、FindJobやanなどで出てくるのは、データ入力などの業務で、しかも平日フルタイムが要求されるものばかりでした。そんな中、シフト制で学生も受け入れてくれるこのサーバ保守管理の会社はかなり珍しい会社でしょう。運よく募集を見つけることが出来、働かせて頂けることになりました。

始めたてのころ

[caption id="" align="alignright" width="200" caption="O'Reilly「SpamAssassin」。洋書でしたが、恐らく勤務中に最も読みこんだ本でした。"]O'Reilly「SpamAssassin」[/caption]

最初のころは、無我夢中でした。LinuxのLの字も知らない所から、CentOSというディストリビューションの1つをインストールして、Apache, MySQLなどのミドルウェアNagiosなどの監視ツールを1週間でインストールしました。Linuxに関する本を勤務外で読みふけるなど、「自分の知らないこと」を知れて、触れて、とにかく楽しかったのを憶えています。インターネットの向こう側…なんて言ったら大げさかもしれませんが、ApacheというものがWEBサーバの役割を担っていて、それは俺でも設定出来るんだって。サーバ自体に興味があった訳ではなく、単に「コンピュータを使ったアルバイト」がしたくて始めたアルバイトでしたが、当初は楽しくて仕方がありませんでした。学校そっちのけで仕事に勤しんでいました。社員の数も少なく、アルバイトと社員の区別が明瞭ではなかったため、言いたいことはすぐに言えたし、興味がある仕事があれば自分で進んで取り組むことができました。

精神的な困難

しかし一方で、いわゆる「使えない」人は会社から数ヶ月で切られ、彼らが自信を喪失して会社を去る場面を何度も見てきました。この会社は研修期間が一定期間(数か月)設けられており、その期間に一定レベルの仕事をこなせる能力がないと、解雇されてしまうのです(正確には契期満了)。

退職はしなくとも、研修期間を終えているにも関わらず技術的に引け目を感じている人もいて、私もそんな一人でした。日々の仕事は、基本的には「できる人がやる」というスタンスで、先輩や社員の人たちが難しそうな仕事をしているのを眺め、早くあんな風に仕事がしたいと思ったものでした。このいわゆる実力がモノをいう会社で、それが顕在化し始めたのが、技術役員が会社に加わったことです。彼が仕事に加わるようになった際には、私の周りのアルバイト間で戸惑いがあったのを覚えていますが、対外的には「実力主義」が明文化されたことが、そのことをよく表していると思います。(「成果主義」ではないあたりを考察すると、この会社の特徴がよく出ているなと感じられますが、それはさておき)。

私のこの「引け目」は、圧倒的な経験不足・技術不足から来るものだと思い、そして乗り越えるためには達成感のある仕事をするべきだと感じました。日々の業務は(こう表現すると怒られますが^^;)ルーチンワークが多く、「達成感」よりは、「ミスをしないこと」が求められる仕事です。そんな中、違った仕事に手を出して、仕事をやり遂げる実感を得たかったのです。

[caption id="" align="alignright" width="200" caption="Wordをちゃんと使える人は意外といないので、勉強しておくとかなり強みになります。"]「Wordストレス解消本」[/caption]

この点において私が名乗りを上げた仕事は、以前の記事でも述べた「メールサーバの移設」という仕事なのですが、詳細は以前の記事に譲るとして、おおざっぱに言ってしまえば「難しすぎる(と思われた)仕事を前に、太刀打ちできなかった」という他ないと思います。いろいろな要因があったと思いますが、なんとなくメールサーバのことを調べていただけで何カ月も経過してしまいました。

慢性的な精神疲労

私は当時、この実力主義な会社において、「分からないので教えてください」と他人の知恵を乞うのがタブーであると思っていて、一方で移設作業が進まないという挟み撃ちにあい、出勤するのがとても苦痛でした。このころ、この悩みを、信頼していた身近な社員に打ち明けたこともありましたが、「実は今月で、私は退職するんです」というカウンターパンチをもらいます(^^;

仕事ができる先輩方には聞けない。ましてや役員になんて。そして信頼していた社員は退職。こうなると孤独感しかありません。

そして仲良くしていたアルバイトの人がその後精神的に体調を崩して、退職してしまいます。この方も原因は私と似ていて、「仕事ができない」という引け目から来るものだったと思います。このアルバイトの方は、コンピュータ専攻ではなかったため、ほかのアルバイトの方に比べて、絶対的な知識不足にあったのは確かです。しかし、私が言うのも少しおかしいんですが、この方がそこまで思い悩む必要はなかったし、「コンピュータのことをもっと知りたい」と思って入ってきたアルバイトを、そんな風に退職させる会社の環境が許せなかった。

悩みの融解に向けて

[caption id="" align="alignright" width="200" caption="「サーバ/インフラを支える技術」も何度も読みました。"]サーバ/インフラを支える技術[/caption]

このアルバイトの方が思い悩んでいると知ったあたりから、私は社内勉強会を改善しようと躍起になりました。アルバイト間の横のつながりを増やすこと、質問する機会を作ること、技術を共有することなどを目的としたものです。これも昔の記事に詳しく書いたのでそちらに譲るとしますが、結論としてはあまり上手くいきませんでした。しかし、あれこれ悩んでいただけではなく、悩みを解決すべく「会社の人を巻き込んでアクションを起こせた」という部分が、少し誇れる部分かもしれません。当時は上手くいかなくて、ますます落ち込んでいたものですが…。

平行して、進んでいなかったメールサーバの問題についても、社長に相談することに決めました。業務以外の部分で精を出していましたが、本業が板挟み状態のまま、さらに何カ月も過ぎてしまっていたのです。「仕事ができない」と打ち明けるのですから叱咤されてしまいましたが、この時に今までの悩みをすべて打ち明けてよかったと思っています。(「メールサーバ問題」は後日紹介するかもしれませんが、結論を言えば、なんとかやり遂げました)。

そして今に至る

ストーリー的には「苦難を乗り越え、それを糧にして頼れる先輩になれた」とでもすべきなのでしょうが、残念ながらその後は研究や就職活動が忙しくなり、あまりアルバイトに精を出す余裕はありませんでした。私が在籍していたのは4年間ですが、メールサーバの構築が終わったのがちょうど2年目ぐらいでしたから、残り2年は特に何もなく、ある意味穏やかに過ごしていたということになります。

もちろん、ただ居るだけで時間が経つのがむず痒くて、後ろめたさから何度か退職を申し出たり、ルーチンワークから外れ、他のプロジェクトに回りたいと申し出たこともありました。しかしどちらもアルバイトの人手不足の問題と、経験年数の長い私を監視業務から外したくないという意向で、私は漫然とした日々を過ごすことになります。

しかし最後の1年は後輩に恵まれ、また私自身が強引にルーチンワークから離れたことから、少し楽しみながら仕事が出来て、精神的にも穏やかに仕事が出来ました。

まとめ

このアルバイトを始めてよかったか?

私自身に限って言えば「Yes」です。このアルバイトがなければ、今ほどまでにITスキルを身につけることは出来なかったし、ベンチャー企業でのアルバイトという観点からも、色んな経験をさせて頂きました。それらは私の人生の糧となることは間違いないし、就職活動にも大いに生かすことが出来ました。

もちろん手放しで「よかった!」とは言えません。上述したように、私はこのアルバイトで自信を喪失し、精神的に一時期困憊してしまいました。性格も変わったと思います。自意識過剰な面があった私は、今では何に対しても、あまり自信を持てずに気力を注げないでいます。もっと上手く立ちまわれたんじゃないか、実力を付けられたんじゃないかと自分を責めるし、そして今でも会社に対して許せないこともあるし、もっとこうした方がいい!という思いを抱いています。

しかし、この会社について、そして自分自身に思い悩み、その過程で多くの人と交流出来たことは素晴らしい経験だと思いますし、誇ることができます。今会社にいる人や、辞めていった人を含め、私は多くの人たちと関わってきたし、その中の何人かは「友人」や「親友」と呼べるまで仲良くなりました。また、私を非常に評価してくれる社員にも出会うことができました。「天丼丸さん(仮)を誰よりも昇給させるべきだ」と査定会議で仰ったそうで、この会社がベンチャーだとか、社風がどうのとか、そういうこと関係なく嬉しかった。

そして、遅かれ早かれ、私の「自信」は社会に出れば打ち砕かれる類のものだったと考えると、学生のうちに砕けてしまったのはむしろ好都合だったのかもしれません(社会に出なければ、真偽はわかりませんが…^^;)。それに「あまり自信がもてなくなった」という一面は、教育にも生かせる強みにもなります。自信に充ち溢れ、自意識過剰だったころは、学校のように教え込むことが教育のすべてだと思っていたし、それで理解しない相手を蔑んでいました。しかし今では、相手がどうして思い悩んでいるのか、どこで躓いているのか、教える側としてどこまでしてあげればよいのかを考えることが出来るようになりました。

「私自身に限って」と言ったのは、自信を打ち砕かれて退職していった人たちのことを想起しての言葉です。仕事には向き不向きがあって、職場環境には向き不向きがあって、そしてこのベンチャー企業はそれが余りにもハッキリとしていました。私自身も、役員の方に「この会社に向いていないんじゃないか」とさえ言われたこともあります。実際に自信をなくしていたのですから、的を射た言葉です。それでもなんとかやってこれて、「色んな経験を積めた!」と思えたから「始めてよかった」と思うのです。

後輩に少しだけ伝えたいこと

こんな捻くれた先輩を、慕ってくれてありがとうございます。何かにつけて私を持ち上げてくれるのは私に対しての配慮だったのか、「こんなこと、そのうち出来るようになるよ」と思いつつも、嬉しかったです。

伝えたいのは1つだけで、「もがいてほしい」ということだけです。漫然と勤務に来て、漫然と仕事をするだけでは、この会社ではちょっとばかりのスキルと引き換えに自信を失うだけです。自信を付けたければ、とにかく勉強すべきだ。技術に集中できない理由があるなら、技術以外でもいい(怒られるけどね)。自分には合わないと思って、かつ他のことに夢中になれるのなら、すぐに辞めたっていいと思う。中々体験できないアルバイトだからこそ、色んな事を吸収出来る学生のうちだからこそ、自分なりに「もがいて」みてほしいと切に願います。

書ききれてない気がするので

質問あればぜひ。ツイッター(@tendon0)でもどうぞ。

半年、1年、数年したら、書きたいことも変わってくる気がするので、都度修正します。